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2013年12月 4日 (水)

"本八幡の事件についてオモう事"

 11月27日水曜日にJR本八幡駅でおこった事件について書く。
 
 当日、私は葛飾区の知人宅でテレビの報道を見てこの事件を知る事になった。被害者、加害者共に20代、犯人逃走中ということもあり、テレビに釘付けになっていた。私はこれから帰宅するであろう友人達に、LINEやMailで事件の周知をした。Facebookにも、そのような投稿が続いていた。翌日、犯人が捕まり、事件は終息した。この日も駅前の事件現場には多くの報道カメラが詰め寄り、テレビも新聞各社もこの事件をストーカー事件とし、ストーカー規制法とあわせて報道した。
 
 昼、自転車で移動中だった私の i phoneに大学の同期から、『また市川!!』という皮肉めいたメールが届く。確かにそうなのだ。"2006年 耐震強度偽造事件" "2007年 リンゼイ・アン・ホーカーさん殺人事件"と、ここ数年の間に強烈な事件が市川で続いてしまっているのは事実である。友人達がそういうのも無理はないと思う。私は新聞各社とテレビの報道を見て、この事件をただ単に"ストーカー規制法"と警察の対応を考えるだけで済ませていいのだろうか。という疑問を強く感じた。そもそも、"ストーカー規制法"が最初に制定されたのは、2000年。そして、今年の6月26日に改正案が衆議院で可決し成立している。改正の主な点は以下の三点。
 
 1.執拗なメールをつきまとい行為に追加。
 2.被害者の住所地だけでなく、加害者の所在地なども警察の警告や禁止命令をだせるようにする。
 3.警察が警告を出したら被害者に知らせ、警告しない場合は理由を書面で通知するなど。
 
 と、かいてはみたが法律がどうのこうのって話は、私が抱いている違和感とあまり関係がない。メディアは報じなかったが、というか事実そうであったのかは今回の事件では解らないが、私はSNSなどの新しいネットワークが人間関係や社会構造をどのように変えたかという事の方がメインテーマではないかと思っている。今回の事件でも、被害者を尾行する情報源として、SNSが使われていた。
 
 事件終息の翌日、文房具屋のおばちゃんも、喫茶店のマスターも、居酒屋のママも『昔はこんな事なかったのにね。』って言うんです。昔はなかった?しかし、漱石の小説や山田洋次の映画などを見る限り、男性が女性に未練を残してしまう恋愛の構造は今も昔も変わらないはずだし、精神的なものが激変しているとも考えにくい。昔に無くて、今に有るもの。そう、携帯電話をはじめとするコミュニケーションツールである。特に今回では、SNSに注目したい。
 
 コミュニケーション論として、SNS(social networking service)については以前から個人的に勉強会を開きたいと思っていた。mixi,Facebook,LINE,Twitterなど、多くのツールがあるなかで、現在、私が使っているSNSはFacebookとLINEのみである。実行にうつすかどうかは別として、勉強会では個々のSNSのダイアグラム(図)を描き、お互いのツールの使い方やイメージを確認するといった方向で考えている。学生時代にFacebookはダイアグラムとして考えた事だあるのだが、実際の使い方はユーザーによって様々であろう。
 
 本題に戻ります。SNSは活用の仕方によっては、相手がどのような生活を送っているのかを垣間みる事が可能である。もちろん、それは生活の一部でしかあり得ないのだが、見る側(もしくは検索する側)にとっては、多くを知ってしまったと勘違いしてしまいがちな所があるのではないだろうか。Facebookの写真付の投稿やTwitterの更新頻度など、投稿が多ければ多いほど、相手の事を知ったような気になってしまう。これらをROM(見ているだけ)っているだけならば、そこにはもはやコミュニケーションが介在しない。こんな事は以前にはなかっただろう。別にこのような現状が不健康だとはいわないが、人間関係は私の知っているたった28年でものすごく変わった。人間がアーカイブ化せれているようにすら思える。
 
 一般的に、SNSによって世界が広がったと言われている。私の経験でも、震災のときは台湾から多くのメッセージが届いたし、スペインの友人にメッセージを送ったり、イタリアに留学中の仲間と毎晩のごとく会話をしたりなど、やはり便利だ。しかし、スピードが増すにつれコミュニケーションの質は落ちる。要するに稚拙になるのだ。稚拙なコミュニケーションは誤解を生みやすい。今回でいえば、一般論とは逆行して、SNSによって世界が狭くなっている。相手の情報が手に入ってしまう限り、相手に執着してしまうのだ。まだまだ、私たちはSNSについて考察しなければいけない。だけど、考える暇を与えないほど、便利なのがまた怖い。
 
 やっぱり、気分が晴れないね。
 
 亡くなった女の子のご冥福と、彼女の子供の行く末が少しでも明るくなるよう祈ります。
 
 最後に一曲かいて、締めます。
 
 サンボマスター。『戦争と僕』
 
 明日僕は 名も知らぬ街で
 名も知らぬ人を 銃で撃つのさ
 明日僕は 君を守るためと
 自分に言い聞かせて 人を撃ってしまうのさ
 
 君の街で とてもコワいことが
 ホントに少しずつ 起こっているでしょうよ
 僕はなんだか わからない理由で
 それでも君を守るためと言われたんだ
 
 今年も故郷じゃリンゴがなったよ
 君との約束守れずゴメンよ
 悲しい事と今ごろ知ったよ
 僕は君と答えを探してみたかったのに
 
 おやすみなさい。
 
 イトウタカヒコ 

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